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満中陰法要が終わりました。

満中陰法要が終わりました。
母「ねぇ、お母さんとお金どっちが大事?」
私「お母さん」
母「(〃⌒ー⌒〃)」
を何回も言わされた事を思いだす(笑)。

次回拝んで貰うのは引越し後になる。
そして納骨と分骨の時。

やっと大阪に泊まれる。
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テーマ : 日記 - ジャンル : 心と身体

母の満中陰法要(49日)が明日きます。

今日はCAD試験対策と基礎コースの授業でした。
明日は母の満中陰法要です。
親戚は仕事が入っているそうです。

私の方からお寺に行く予定でしたが
「魂が飛んでしまうから駄目」との事。
引越先に念を送ってくれるそうです。
一旦拝んで頂き、
引っ越した先で又、拝んでくれるそうです。
勿論、追加有料で(^_^;。

納骨も一気に終わるのかと思ってましたが
石に名前を彫ってからだそうです。
又、お金がとぶ・・・。

凄いですね、冠婚葬祭の費用って。
式が終わってからも病院の支払いも含めて凄い。
お坊さんへのお布施は式とは別なんですよね。
いつになったら支払いが終わるのか・・・。
なんか身ぐるみ剥がされているようです(^_^;。

まぁ、母がちゃんと残してくれていたので
今のところ何とかなってます。
母に感謝です!
本当に感謝です。
有難う、有難う、本当に有難うm(_ _)m。
偉大です。

でもね、母が『癌』だと分った時から
自分の家を売ろうか、と腹をくくってたんですよ。
新薬も話題になっていたし。
勿論保険は効きません。

「さぁ、今から長い戦いが始まるぞ」
と思いました。
私は派遣先のキ○ガイおじいさん3連発で
人が怖くなっておりました。
心が傷だらけでおりました。

母は「働かんでええ!
お母さんが一生面倒みたる!
もう泣くな!!」と言ってくれました。
あの時は本当に嬉しかった。
一生恩は忘れませんm(_ _)m。

私も全てを介護に向ける事が出来ました。
あれから2年です。
全面に介護が出来るよう頸椎症の手術もしました。
目的は『母をおんぶできるように』と書きました。

結果、おんぶは無理でしたが
介護はかなり出来たと思います。
受話器持つのも辛かったからね。
(今、又再発してるけど・・・)

遺品整理をしてたらポチ袋が沢山出て来ました。
何かにつけて誰かにお小遣いをあげる為です。
色んな人からの思いやりの手紙も大切に残しています。
カレンダーやノートに日記が書かれています。
「今日も一人」とか。
ごめんね・・・。

電話魔でしたので電話帳は真っ黒です。
「二度とかけるか!」と消したのでしょう。
私は必ず折り返し電話をしましたし
病気になってからは毎日40分電話をしました。
少しは満たされたでしょうか?

「K子だけや。頼れるのはK子だけや・・・」
と最後はお坊さんにまで電話をしていたようです。
それと同時に
「この子が心配や。残されたこの子が心配や」
と病院の先生に言っておりました。

もしかしたら兄にも言っていたかもしれません。
何と電話帳には既に母が兄の電話番号を
赤線で薄く消していました。
真っ黒では有りません。
いつからでしょう・・・。
知らんかった。

母は怒るばかりの人でしたので
(根は優しいのですが)
どうしても回りの人は逃げる事を考えます。
そうすると母の心は更に満たされません。

「帰ったらあかん、帰ったら・・・」
と何度も言われました。
「明日又来るって」
「うそや、逃げるつもりや」
「逃げてへんやん、今日も来てるやん」

見捨てられ不安でしょう。
姉妹では末っ子だったので。

だけど私が頼りないので
最後にはしっかりして来ました。
お互い助け合っていきました。

バイクが届いて最初に乗った日に
信号待ちしていたら
見知らぬおじさんの怒られました。
自転車に乗って後ろからぬっと顔を覗かれ
「路肩に上げてそんな停め方してええんか!」と。
すぐバイクのスイッチを切りました。

それを母に言ったら
「誰や、誰に怒られたんや!」
とビクッとしてました。

「知らん人。いや私が悪いねん。
信号待ちで皆ぐちゃぐちゃになってたんやけど。
今日、初めて一人で乗ってすぐやったから怖かってん」

母は自分が死にかけているというのに
娘が見知らぬおっちゃんに怒られたら
やはり「なぬっ?!」となるようです(笑)。
母ですね(^_^)。
最後の方は本当に心が通じるようになりました。
やっとです。

さてさて49日はまだ現世にいるそうです。
遺品整理もしてるのでよく話しかけます。
独り言が多くなりました。
引越しの準備もあるしね。

明日から魂は少し離れるだろうけど
ちゃんと納骨するし
おばあちゃんの所へも分骨するからね。
その度にお金かかるけど(笑)。
もう底ついちゃうよ(^_^;。

じゃあ、そろそろ帰るね。
バイビー。

テーマ : 在宅介護 - ジャンル : 福祉・ボランティア

丁度一年前、桜の下の母

本日4月11日は去年、桜が満開でした。
今年はもう殆ど散りましたけどね。

忘れもしません、どうしても母に桜を見させたかった。
それは今年が最後になるだろう・・・と思っていたから。
そして満開のトンネルの下が理想。

色んな病院を探していた。
回生病院の周り?
マリーナホスピタルの前?
県立西宮は道路の脇だし・・。
上ヶ原病院は3本しか無い。
う~ん、困った。

全て自転車で見て回りました。
そして問い合わせしました。
病院の周りも自転車でグルグル回りました。

ちょっとずづ理想では無いんですよね。
満開のトンネルの下に連れて行きたかった。

そして思いついた!
上ヶ原病院のすぐ下に上ヶ原中学校があり
そこの正門(裏門?)が半端ない満開の桜が咲くんですね。
そう理想の桜トンネルです。

去年のブログにも書いておりますが、
S字曲線で急勾配を車椅子に乗せて
母を門の下まで連れて行きました。
正直私もあの急勾配は怖かったです。
キャーキャー言いながら満開の桜の下に母を置きました。

「お母さん、そこで万歳してごらん?」
「こう?」
「そうそう!」
可愛いおばあちゃんの出来上がりです(笑)。

スマホ持って行けば良かった。
写真撮らなかったんですよね。
急勾配で車椅子の操作は難しかったし。

でもしっかり目に焼き付けております。
満開の時、前を通れませんでした。
有り難い事にあまり通る道では有りません。
良く通る道だと毎回号泣になります(笑)。

引越し先は更にマニアックな桜通りを抜けます。
若かったら二人で散歩しまくるでしょうね(^_^)。

少し前に苦楽園から夙川公園をずっと浜まで見物しました。
此処は全国的にも有名な美しい公園です。
母ともよくバスを少し手前で降りて散歩しました。

あ!そうだ。甲山墓園も桜トンネルの中、
バイクで行き掃除してきました。
ちょっと栗石を変えようかと思っております。
まだ途中です。
納骨するまでには綺麗にしないと(^ ^;)
名前を石にも彫って頂かないといけない。
又、出費です。

兄は電話番号も変え、携帯も留守電に」して
逃げて逃げて逃げまくっています。
どういう気持ちなんでしょうかね。

テーマ : 日記 - ジャンル : 心と身体

最高級のお位牌が出来ました

母のお位牌が出来ました。
『院』も『大姉』も付いている位も値段も最高級。
っを実は亡くなった当日に有る事を知りました!
『院』一文字で50万と言われています。
母は戒名を生前に購入しておりました。
助かりました。
生前に言ってよ~(^ ^;)
お寺さんに電話した時その事言ってなかったし。

それと西という漢字が旧漢字になっており
作り直して貰いました。
追加料金有りです。
49日に間に合いそうです。

テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体

母が認知症と癌になった55(母の死)

本日2018年2月26日、朝4時23分
母が永眠致しました。

朝、、病院から携帯に電話が有りました。
昨日から尿が極端に減り意識も混濁しておりました。
でも、いつも何度も今までは乗り越えて来たんだけど
今回は駄目でした。

お尻の褥瘡(じょくそう)が痛く苦しんでおりました。
数日前に先生から呼び出しが有り
本日から血圧低下、尿の減少、意識の混濁など
危篤状態で後、数日とは聞いていました。

今年に入って39度の熱に数週間うなされ
体力が無くなっておりました。
むくみも有りました。

それが毎日氷やお湯をクッキングシートに湿らせ
口に含ませると、どんどん顔がすっきりして
熱が下がって来てたんですね。

病室に入ったらまず母の名を呼びながら
ほっぺたを触ります。
熱の確認ですね。
そしてクリームで全身マッサージです。
なので肌はつやつやです。

毎日やっているともう手のひらで微熱の具合が分ります。
それが・・・最後の日はほっぺたがどんどん冷たくなって行くんですね。
「お母さん、熱は下がって欲しいけど下がり過ぎやで。」
私の手のひらがはっきりと感触を掴むのです。
「お母さん、寝てばっかりやね」
「お母さん、もう痛くない?苦しくない?返事は?」
「お母さん、お母さん・・・」と
私は今まで何度「お母さん」という言葉を口にしただろう。

今、私は大阪に喪服を探しに来ている。
太ってしまって殆ど入らない(^_^;。
初めての喪主だ。

母は安置室に寝ている。
明日はお通夜で明後日11時半からお葬式。
母が生前から希望していた事を一つ一つ形にしている。
会場や写真や着物や分骨や・・・。
母自身が生前の時から色々動いていた形跡が有る。
部屋を片付けていても分る。

お母さん、荷物多過ぎですよ(^_^;。
片付けても片付けても減らない。
引越し屋さんに見積もって貰ったら100箱だって。
私、やる事多過ぎです。
見守っていてね。

お母さん、お疲れ様です。
私がちゃんとお母さんの頑張って来た事を分っているよ。
誰よりもちゃんと分っているからね。
頑張ったね。偉かったね。

「お母さんの為」で何かをしている時って楽しかったよ。
誰かの為、の「誰か」がいるのって良かったよ。
この2年間、毎日電話したり毎日お世話して来た。
ちょっと疲れたけど良かったよ。

お母さんも「有りがと!」って言ってくれたし。
明後日になると母がいなくなるって嘘みたいだ。
父の時も「長い出張に出た」と思って受け止めなかった。
今もだ。
「お母さん、起きや。寝てばっかり・・・(^_^)。
あんまり寝たら夜寝られへんよ」
って生前から何回言ったやろ。
今もだ。寝てるみたい。

お母さん最後まで頑張ったね。
もう痛くないよ。
ゆっくり寝てね(^_^)。

テーマ : 病気と付き合いながらの生活 - ジャンル : 心と身体

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